バリュープロポジションキャンバスを使うメリットとは?作成手順や注意点も解説
事業を営むなかで、競合他社との差別化に悩む企業は少なくありません。しかし、差別化を意識するあまり「他社との違い」だけを強調しすぎることで、顧客のニーズから離れていってしまう場合があります。
自社の製品やサービスが選ばれない大きな要因として挙げられるのが、「顧客ニーズとのズレ」です。顧客の真のニーズと合った自社ならではの提供価値を見出すために「バリュープロポジションキャンバス」を活用しましょう。
2.バリュープロポジションキャンバスを活用するメリット
2-1.顧客ニーズとのズレを発見できる
2-2.自社の新しい価値に気付ける
3.バリュープロポジションキャンバスを作成する手順
3-1.「顧客セグメント」の項目を定義する
3-2.「顧客への提供価値」の項目を定義する
4.バリュープロポジションキャンバスを使う時の注意点
4-1.客観的なデータを用いる
4-2.具体的なペルソナを設定する
4-3.分かりやすく明確に記入する
5.バリュープロポジションキャンバスの活用事例
6.まとめ
バリュープロポジションキャンバスとは
バリュープロポジションキャンバスとは、「バリュープロポジション」を整理し、顧客のニーズと企業とのズレを解消するためのフレームワークです。なお、バリューは「価値」、プロポジションとは「提案」という意味で、このフレームワークを使うことによって「顧客にとっての自社ビジネスの価値」を見つけ、決定するのに役立ちます。
現代社会に生きる以上、誰もが企業の顧客であることはいうまでもありません。日常生活で「愛用しているサービスのリニューアルがあったが、使いにくくなってしまった」といった、企業と顧客ニーズのズレを感じた経験がある人は多いのではないでしょうか。企業が「差別化」という理念をもとに行ったことが、いわゆる「改悪」と評価され顧客が離れていくというのは、どの業界・サービスでもしばしばあることです。
バリュープロポジションキャンバスは、アレックス・オスターワルダー氏とイヴ・ピニュール氏が提唱した「ビジネスモデルキャンバス」から2つの要素を抜き出したフレームワークで、顧客にとっての価値を整理することに特化しています。特別な用意は必要なく、紙とペンさえあればすぐに作成できます。
バリュープロポジションキャンバスを活用するメリット
バリュープロポジションキャンバスは、非常にシンプルな図表ながら企業が提供するものの価値を客観的にまとめ、顧客に選ばれる製品・サービスを生み出すために役立つフレームワークです。これを活用するメリットを具体的に解説します。
顧客ニーズとのズレを発見できる
1つ目のメリットは、「企業が提供する価値」と「顧客ニーズ」のズレを発見できることです。
先述の通り、企業が「他社にはないサービス」「セールスポイント」と考えていたことが、顧客にとっては特に価値のない要素、もしくはマイナス要素だった、ということは少なくありません。
しかし企業がそのことに気付くのは難しく、もしも一部の人間が気付いたとしても、社内全体で共有しなくては事態を改善できないという高いハードルがあります。結果として、ズレを修正できないまま、ますますニーズとかけ離れていってしまうリスクもあるでしょう。
このような状況になる前に、改善点を客観的に把握し、関係者と素早く共有できる点は大きなメリットと言えます。
自社の新しい価値に気付ける
2つ目のメリットは、自社が提供する製品やサービスに新しい価値が見えてくることです。「重要視していなかったことが実は高く評価されていた」「自社では予想できなかった選ばれる理由」といった、新しい切り口に気付けます。
例えば、若い女性を中心に人気を集めている「洋服のサブスク(洋服借り放題サービス)」は、当初服が好きな人の利用を想定していました。しかし実際には、服を選ぶのが面倒な人や服を買う時間がない人に支持され、大ヒットしたのです。予想外の価値に気付くことがビジネスの成功につながるのはいうまでもありません。
上記2点を踏まえた上で、製品の開発やサービス改善に取り組むことで、顧客にとって真に求められる価値提供ができるようになります。顧客ニーズを正しく見極めて、製品やサービスの最適化に役立てていきましょう。
バリュープロポジションキャンバスを作成する手順
それでは実際に、バリュープロポジションキャンバスを作成してみましょう。図表内の左側にある四角が「顧客への提供価値」、右側の円が「顧客セグメント」となり、それぞれ3分割されています。個々の項目は鏡合わせのように対応しているため、完成させることで顧客ニーズとのズレが明らかになり、さらにニーズに対してどの程度フィットしているかが見えてきます。
例としてここでは「会社員・フリーランスに向けて会員制コワーキングカフェを提供する」というケースに沿って考えてみましょう。
1.「顧客セグメント」の項目を定義する
まずは右側の円図「顧客セグメント」(Customer Segment)から記入していきます。これは、ニーズのズレを把握するには顧客を起点に考えることが重要だからです。製品やサービスを変えることはできますが、顧客のニーズを変えることはできません。顧客を正しく理解するためにも、企業としての理念やこだわり、思い込みはいったん忘れましょう。
顧客が望むことや解決したいこと(Customer Jobs)
3分割されている内の一番右側の「Customer Jobs」には、顧客が望んでいることや解決したいと考えている課題を記入します。
Customer Jobsには、大きく分けて次の3種類があります。
- 1.機能的なジョブ: 商品・サービスを使うことで直接的に解決したいこと。
- 2.社会的なジョブ:社会的地位やステータスに関して「他人からこんな評価をされたい。このような人に見られたい。」という観点で叶えたいこと。
- 3.感情的なジョブ:個人的な感情として、「こんな気分になりたい。こんな気持ちを味わいたい」と感じること。
例えば、会社やプライベートで果たさなければならないタスクは機能的なジョブ、「他人から仕事ができる優秀な人だと思われたい」は社会的なジョブ、「もやもやした気持ちをリフレッシュしたい」は感情的なジョブにあたります。
カフェで仕事をする人のCustomer Jobsを考えると、
- 1.機能的なジョブ: 仕事に集中したい
- 2.社会的なジョブ:スマートに仕事をしている人だと思われたい
- 3.感情的なジョブ:いつもと違う場所で働くことで気分転換したい
といったジョブが考えられるでしょう。
顧客がプラスに感じること(Gains)
左側の上半分にある「Gains」には、顧客にとっての利益や恩恵といったプラス要素を書き出します。必要不可欠なものからあると望ましいものまで、幅広くピックアップしてください。
例えば、会員制コワーキングカフェであれば飲食しつつ仕事をこなせることは大前提ですが、「各席にコンセントがある」「ゆったりしたスペースが取れる」「店内の雰囲気が良い」「席の種類が多い」といったことが望ましい要素となります。
顧客がマイナスに感じること(Pains)
左側の下半分にある「Pains」には、顧客の悩みや望ましくないこと、障害となる要素、リスクなどのマイナス要素を記入します。
会員制コワーキングカフェの例であれば、「コーヒー1杯の価格が高い」「タバコのニオイが気になる」「周りの話し声が気になる」などです。顧客の信用や立場に関わるような深刻な悩みだけでなく、気にかかる程度の小さなことにもしっかりと目を向けてください。
2.「顧客への提供価値」の項目を定義する
「顧客セグメント」が埋まったら、次は四角の図「顧客への提供価値」(Value Proposition)を埋めていきましょう。「顧客への提供価値」の各項目は、「顧客セグメント」の各項目と対になっているため、現状で顧客ニーズとのズレがあれば記入しながら気付くことができます。
全く新規の製品開発に用いる場合は、ニーズを正しく掴んだうえでビジネスを作っていくことができます。
企業の製品やサービス(Product & Services)
左側の「Product & Services」に記入するのは、企業の製品やサービス、つまり顧客がお金を出しているものです。
ここには、商品・サービス名や、その特徴を端的に記載しておきましょう。例えば、「会員制・月額制で、設備や業務サポートも充実したコワーキングカフェ」のように書くことができます。
顧客の利益を増やす要素(Gain Creators)
右上にある「Gain Creators」に記入するのは、自社商品・サービスの機能・特徴によって、「顧客のどのような期待に応えられるのか」あるいは「顧客をどのように喜ばせることができるのか」といったポイントです。
- お金を節約できる
- 手間が省ける
- 作業が楽になる
- 前向きな気持ちになる
- 社会的に認められる
これらは全て、「顧客の利益」といえるものです。こういった利益をもたらす要素を、顧客のGainに対応させるように、重要なことからささやかなことまで書き出しましょう。
会員制コワーキングカフェの例では、「周囲に仕事をしている人がいてほどよい緊張感があり、作業に集中できる」「液晶モニターが借りられるのでノートパソコンでも大きな画面で作業でき、仕事の効率が上がる」「会員制という限定感を得られる場所で仕事をすることで自尊心が満たされる」などです。
顧客の悩みを減らす要素(Pain Relievers)
右下の「Pain Relievers」には、顧客にとって嫌なことや悩み、ハードルとなるものを減らす要素を書き出します。
- 失敗のリスク
- 悩みやストレス
- 余計なコスト
このような顧客のPainと照らし合わせながら、顧客が製品・サービスの利用をためらう原因を取り除くための解決方法を具体的に記載してください。
会員制コワーキングカフェの例では、「時間無制限のプランがあるので、利用料金を抑えられる」「席を予約できるので、満席で使えないかもしれないという心配をなくせる」といったことが考えられます。
バリュープロポジションキャンバスを使う時の注意点
バリュープロポジションキャンバスは、特別なスキルを全く必要としないフレームワークです。しかし使い方を間違ってしまえば、本来の効果を発揮できません。バリュープロポジションキャンバスを活用するうえで注意したいポイントを解説します。
客観的なデータを用いる
まず重要なのは、客観的なデータを用いることです。「顧客セグメント」を記入する際は、ユーザーアンケートやレビュー、Webサイトのアクセス数などのデータを用いて、思い込みや先入観を取り除いた上で、顧客の立場になって考えるようにしましょう。「顧客はこう思っているはずだ」「こうすれば顧客は喜ぶに違いない」という考えは、顧客ニーズを知るという目標を遠ざけてしまいます。
ターゲットとなる顧客像に近い人にヒアリングをすることも有効です。
また、「顧客セグメント」にはできるだけ多くのことを書き出すことも重要です。思うように書き出せないのであれば、さらにヒアリングを重ねて顧客をより深く理解するようにしましょう。
具体的なペルソナを設定する
「顧客セグメント」を記入する前に、製品やサービスを率先して使ってくれる具体的なペルソナ、つまり「顧客が誰なのか」を設定します。ターゲットの年齢や属性、価値観、行動などを細かく決め、ニーズを絞り込んでください。ペルソナが複数存在する場合は、ターゲットごとにバリュープロポジションキャンバスを作成し、それぞれのニーズとのズレを掘り起こすようにします。
ペルソナを明確にすべき理由は、顧客が違えば「顧客が望むことや解決したいこと(Customer Jobs)」が違ってくるからです。会員制コワーキングカフェであれば、次のようなペルソナとJobを設定できます。
- 出張や外出が多い会社員:出先でも気軽に立ち寄れて作業や休憩ができるスペースがほしい、テレワークに集中したい
- 普段は自宅で仕事をするフリーランス:働く場所を変えて気分転換したい、同業者と交流して人脈を広げたい
具体的に考えておきたい項目は、BtoCであれば「年齢・性別」「職業や収入」「ライフスタイル」「家族構成」「サービスを使うタイミング」などの個人的なことです。BtoBであれば「業種・業界」「企業内での地位や役割」「サービスを使う目的」といった社会的なことを掘り下げます。
分かりやすく明確に記入する
記入する要素には具体性を持たせ、分かりやすい表現を使いましょう。例えば顧客にとってのマイナス要素に「アプリが使いにくい」と書くより、「デザイン優先になっているため、操作方法が直感的にわかりにくいと記入した方が悩みを把握しやすくなります。
表現を明確にすることは伝わりやすさにも直結するため、チームで問題を共有しやすくなるというメリットがあります。顧客ニーズとのズレを解消するには、全員が共通認識を持つことが重要です。
バリュープロポジションキャンバスの活用事例
ここでは例として、「コインランドリー経営者が、次の出店先を決めるためにバリュープロポジションキャンバスを用いる」というシチュエーションを想定してみましょう。
まずは「顧客セグメント」の項目です。この場合のペルソナは、「家庭で主に家事を担い、洗濯を効率よく済ませたいと考えている人」となります。
<顧客が望むことや解決したいこと(Customer Jobs)>
- 洗濯から乾燥までお任せして家事の負担を減らしたい
<顧客がプラスに感じること(Gains)>
- 一度にたくさんの衣類を洗える
- 毛布や布団などを丸洗いできる
- 洗濯物がふんわり仕上がる
- 夜間でも気兼ねなく洗濯できる(洗いたいときに洗える)
<顧客がマイナスに感じること(Pains)>
- 洗濯中に買い物をしたいがスーパーが遠い
- 店の外に出てしまうと洗濯の終了時間が分からない
- 洗濯物が盗難に遭わないか心配
コインランドリーは常に一定のニーズがあるサービスですが、特に家庭用洗濯機では対応できない部分に価値を見出している人が多いといえます。次に「顧客への提供価値」を考えましょう。
<企業の製品やサービス(Product & Services)>
- ショッピング施設併設のスマホ連動型コインランドリー
<顧客の利益を増やす要素(Gain Creators)>
- 最新式ランドリーマシンにより大量の洗濯物や布団が洗える
- 高火力の乾燥機で洗濯物の仕上がりが柔らかくなる
- 24時間営業なので時間を気にせず洗濯できる
<顧客の悩みを減らす要素(Pain Relievers)>
- スーパーやショッピングモールに併設しており、買い物のついでに立ち寄る事ができる
- アプリを入れることで、洗濯終了時間がスマホで分かるアプリ
- スマホアプリとマシンのドアロックが連動しており、本人しか解錠できない
コインランドリーを提供するのであれば、家庭用洗濯機では実現できない仕上がりや大量・大きな洗濯物も洗えることは「顧客が期待していること」といえます。また、顧客の悩みが分かれば、それを解消する手段も発見できます。
これでバリュープロポジションキャンバスが完成しましたが、これで終わりではありません。顧客の悩みを解消する手段として立てた仮説が正しいかどうかを常に検証し、ニーズとのズレが発生していないかを確認し続けることが重要です。これを繰り返すことにより、自社にしかない価値を定義できるようになります。
まとめ
企業にとって、時間をかけて開発した製品やサービスが顧客ニーズと離れていってしまうことは大きなリスクです。その事実に気付かないままビジネスを継続すれば、多くの顧客を失ってしまう可能性があります。
バリュープロポジションキャンバスは、「事業計画がニーズと合致しているのか判断できない」「社内での意見がなかなかまとまらない」というときにこそ活用したいフレームワークです。顧客ニーズを正しく理解し、本当に必要とされる商品・サービス開発に役立てましょう。