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就業規則の作り方完全版 ビジョンを実現するための活用法とは

不測のトラブルから企業と労働者の双方を守るためには、適切な「就業規則」の策定・運用が重要です。就業規則は、自社の目指すあり方を具体化し、方向性やアクションプランを明確にする指標でもあります。

厚生労働省が公表した「令和2年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、労働相談件数は129万782件と、13年連続110万件を超えました。そのうち、「民事上の個別労働紛争」と「労働基準法等違反の疑いがあるもの」の合計は40万件以上に上ります。

特に注目したいのが、民事上の個別労働紛争の内訳に関してです。相談内容のうち、「自己都合退職」や「解雇」「退職勧奨」「雇い止め」など「退職」関連が3割以上を占めています。

これほど多くの労使トラブルが起きる原因には、会社と労働者側の間に契約における認識のズレが生じていることが挙げられるでしょう。また、働き方改革に関わる法改正や、新型コロナウイルス感染症流行による社会情勢の変化など、雇用関連でトラブルが起きやすい状況が続いていることも、トラブル件数が高止まりしている要因の1つと考えられます。

就業規則が適切に運用されていれば、労働者とのトラブルを防止し、もし問題が発生しても損失を最小限に抑えられます。今回は、企業としてありたい姿を実現するための就業規則の作り方についてご紹介します。

1.就業規則とは?定義・目的やルールを解説
2.就業規則の定義
2-1.就業規則の目的・意義
2-2.就業規則を作成する手順
2-3.就業規則の作成は義務?
2-4.就業規則を作成しなかった場合のリスクや罰則はある?
3.就業規則と労働契約や労働関連法との関係とは?
3-1.労働契約と就業規則の関係
3-2.労働関連法と就業規則の関係
4.就業規則に記載すべき項目は?
4-1.絶対的必要記載事項
4-2.相対的必要記載事項
4-3.任意的記載事項
5.自分でできる 就業規則テンプレート活用法
5-1.厚労省 モデル就業規則を活用しよう
5-2.これだけは押さえたいモデル就業規則の項目別ポイント
5-3.これはNG 就業規則の作成・変更時にトラブルになりやすいケース
5-4.就業規則作成後は届け出の手続きを
6.理想の会社へ導く就業規則の設計方法と取り組むポイントとは?
6-1.step1.5年後の会社の理想像に沿った就業規則を設計してみる
6-2.step2.現在の状況を考慮して、5年後から割り引いた実現可能な条件を決める
6-3.step3.就業規則にビジョンや理念を込める
6-4.step4.理想の会社像を実現するために日々の事業運営を行う
7.要注意!就業規則の作成・運用でよくある失敗
7-1.企業として社員区分の定義をしていない
7-2.「常時10人以上の労働者」の意味を勘違いしている
7-3.他社のテンプレートを流用し、社名だけ変えて使っている
7-4.最初に作った就業規則を長期間使い続けている
7-5.就業規則・賃金規程に記載がないのに固定残業代制度を導入している
7-6.管理監督者としてふさわしい取り扱いをしていない
8.まとめ

就業規則とは?定義・目的やルールを解説

まずは就業規則の基本的な知識について確認します。就業規則の定義から、作成手順、就業規則を作成しなかった場合のデメリットについてみていきます。

就業規則の定義

そもそも就業規則とは、社内において労働者が守るべきルールをまとめたものです。つまり、「企業のルールブック」や「社内ルール」といえます。

労働基準法などの法令は全企業と労働者に適用される共通のルールですが、就業規則は企業がそれぞれ定めるルールです。具体的には、給与や労働時間などについてのルールである「労働条件」と、業務を遂行するために労働者が守るべきルールである「服務規律」が記載されます。

就業規則の目的・意義

就業規則は、基本的に「法令の遵守」と「労使トラブルの防止」のためのものです。しかし、就業規則を作成し、運用することには義務的な目的以上の意義があります。それが、「人材確保」や「業績の向上」です。

就業規則で労働条件が明確に定められていれば、労働者は企業を信頼して働けます。経営理念とリンクさせることで、理想の会社像を労働者に示すことも可能です。

就業規則を適切に作成・運用できれば、人材の定着率や帰属意識が高まり、ひいては企業業績アップにもつながるのです。

就業規則を作成する手順

就業規則の作成は下記の流れで行います。

  1. 1. 服務規律と労働条件を書き出し、就業規則の素案を作成する
  2. 2. 作成した素案のリーガルチェックを行う
  3. 3. 内容について修正や変更を重ねて完成度を上げる
  4. 4. 完成した就業規則について労働者代表から意見を聴取、意見書にまとめる
  5. 5. 就業規則と意見書をセットにして労働基準監督署に提出する

作成後は、各事業所を管轄する労働基準監督署に提出します。なお、意見書は同意書ではないため、反対意見が記載されていても構いません。

就業規則の作成は義務?

労働基準法89条では、労働者を常時10人以上雇用している企業に対し、就業規則の作成と労働基準監督署への届け出を義務付けています

この「常時10人以上」とは、雇用形態を問わず全ての労働者のうち、常時雇用している人数が、1つの事業場に10人以上いることを意味します。正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトであっても、雇用していれば労働者としてカウントされます。ただし、派遣労働者は派遣元企業に雇用されている労働者なので、自社の労働者には含みません。

なお、雇用している労働者が10人未満の事業場には、就業規則の作成義務はありませんが、自主的に作成することは可能です。先述の通り、就業規則の作成・運用の目的には、法令の遵守があるものの、それ以外の目的・意義も存在します。そのため、企業の健全な経営を考え、労働者の人数を問わず、就業規則の作成が推奨されています。

就業規則を作成しなかった場合のリスクや罰則はある?

就業規則を作成・届出する義務を怠った場合、労働基準法120条により罰則として「30万円以下の罰金」が課されます。

法律違反の疑いがあれば、労働基準監督署の労働基準監督官によって、臨検監督が行われます。そして、違反があった場合には、行政指導として「是正勧告」を受けることになります。是正勧告を受けたら、是正期限までに問題を改善し、是正報告書を作成、労働基準監督署への提出が必要です。

是正勧告は、あくまでも行政指導であり、法的な強制力は持っていません。しかし、繰り返し指導を受けても是正しなかったり、悪質な違反だと判断されたりすれば書類送検されるリスクもあります。そうなれば、企業としての社会的信用を落とし、経営に影響を及ぼすことも十分に考えられます。

就業規則と労働契約や労働関連法との関係とは?

続いては、就業規則と労働契約の関係についてみていきます。就業規則を作成する際に遵守すべき労働契約に関わる法律も、あわせて確認していきましょう。

労働契約と就業規則の関係

就業規則が「社内ルール」と表現されることから分かるように、就業規則は企業と、その企業で働く全ての労働者との間で定められたルールです。一方、雇用契約とは、企業と各労働者の間で個別に定められたルールを指します。つまり、就業規則は同じ事業場の労働者であれば共通、労働契約は労働者それぞれで異なるのです。

また、労働契約は就業規則を基準にして結ばれます。そのため、労働契約では、就業規則を下回った労働条件を設定することはできません。これは労働契約法によっても定められており、労働契約における労働条件が就業規則を下回っていた場合には、労働者の労働条件が就業規則で定められた条件まで引き上げられます。

就業規則という原則となるルールに沿って労働契約が結ばれないと、全労働者がそれぞれ全く異なる労働条件で働くことになり、労務管理が行き届きません。労働者間で不平等が生まれる可能性もあり、労働契約では社内共通のルールである就業規則の内容を満たすことが重要となるのです。

労働関連法と就業規則の関係

労働に関する法律は多数あり、まとめて「労働法」や「労働関連法」と呼ばれています。数ある労働法の基準となるのが「労働基準法」「労働組合法」「労働関係調整法」からなる労働三法です。

労働基準法 労働者が雇用されて働く際の労働条件について最低限の基準を定めた法律。
労働組合法 労働組合を組織し、使用者と交渉できることを保証する法律。使用者と労働組合の間で結ぶ取り決めは、「労働協定」と呼ぶ。
労働関係調整法 労働者と使用者の間で生じる争いごとに対して外部の組織が調停、仲裁などを行い、解決するための手続きを定めた法律。

労働契約で就業規則を下回る労働条件が設定できないのと同様に、就業規則は労働協定と、労働に関する法律で定められた水準を下回る条件を設定できません。これは、就業規則作成・届出の義務が労働基準法によって定められていることからも分かるでしょう。法律を下回る就業規則を作成し、労働者が合意したとしても、法律上は無効となります。

<その他の労働関連法>

  • 労働契約法
  • 労働安全衛生法
  • 職業安定法
  • 最低賃金法
  • 障害者基本法
  • 障害者の雇用の促進等に関する法律
  • 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律
  • 雇用保険法
  • 健康保険法
  • 厚生年金保険法
  • 国民健康保険法
  • 国民年金法
  • 介護保険法
  • 男女雇用機会均等法
  • 労働者派遣法
  • パートタイム労働法
  • 育児介護休業法

就業規則に記載すべき項目は?

続いては、就業規則に記載すべき項目を詳しく確認していきます。

就業規則には必ず記載すべき項目「絶対的必要記載事項」と、場合によって記載が必要な「相対的必要記載事項」、記載するかは企業側の判断に任せられる「任意的記載事項」があります。

絶対的必要記載事項

絶対的必要記載事項とは、就業規則に必ず記載しなければならない項目です。就業規則の作成や労働契約の締結において最も重要な内容といえます。

労働基準法第89条において、下記の内容が示されています。

労働時間に関する内容 ・始業と終業の時刻

・休憩時間(長さ・取得方法等)

・休日(日数・取得方法・代休等)

・休暇の種類や内容(年次有給休暇・産前産後休暇・特別休暇等)

・(シフト制の場合)就業時転換に関する事項(交代期日・交代時刻・交代順序等)
賃金に関する内容 ・賃金の決定(計算方法・決定要素・賃金体系等)

・賃金の支払い方法

・締切日・支払時期(月給・週給・日給の区分等)

・昇給(時期・条件等)
退職に関する内容 ・退職・定年の成立事由

・解雇の事由

・退職・解雇・定年の手続き

相対的必要記載事項

相対的必要記載事項とは、就業規則に必ず記載しなければならないわけではありませんが、社内でルールを定めるのであれば、記載する必要がある事項です。例えば、法律で表彰制度の導入は義務付けられていませんが、「制度を取り入れる場合は、就業規則に記載しなければならない」ということになります。

労働基準法第89条2~10号において、下記のように列挙されています。

  • 退職手当(対象範囲・計算要素・計算方法・支給方法・支給時期)
  • 退職手当以外の臨時の賃金(一時金・賞与等)
  • 労働者の費用負担(食費・作業用品等)
  • 安全と衛生
  • 職業訓練(訓練の種類・期間・受訓資格・対象者・訓練中後の処遇)
  • 業務上・通勤中の災害補償と業務外の傷病扶助(補償内容)
  • 表彰・制裁(表彰・制裁の種類・懲戒事由・手続き)
  • 事業場の労働者全員に適用される定め(休職・配置転換・出向・出張旅費等)

任意的記載事項

任意的記載事項とは、使用者が記載するかしないかを自由に判断できる事項です。公序良俗や法令に反しないものであれば、企業の経営理念や理想とする従業員像、道徳観など基本的に何を記載しても問題ありません。法律で定められた項目ではありませんが、自社に適した就業規則にするためには、記載を充実させることがおすすめです。

例えば、下記のような事項について記載される場合があります。

  • 企業理念
  • 就業規則の趣旨や目的
  • 服務規程(守秘義務・服装・打刻ルール等)
  • 採用(採用手続き・提出書類等)
  • 試用期間
  • 身元保証
  • 知的財産権の帰属
  • 社内で使う用語の定義
  • 施設管理

自分でできる 就業規則テンプレート活用法

就業規則の作成には、3種類の方法があります。

  1. 1. 自分でゼロから作る
  2. 2. テンプレートを使って作る
  3. 3. 社労士や弁護士など専門家に依頼する

1つ目にあるようにゼロから自社で作る場合、費用を抑え、完全に自社にマッチさせられます。一方で、就業規則作成の知識はもちろん、法律にも精通している必要があり、作成には時間がかかります。

2つ目は就業規則のひな形を使い、必要に応じて自社に適した形に変更する方法です。費用と作成時間を抑えて作成できる一方で、上手く変更を加えないと、自社にマッチしない就業規則になり、形骸化する可能性があります。

3つ目のように専門家に依頼する場合、自社にマッチさせつつ、法的にも問題がない就業規則を作成できます。費用はかかりますが、客観的な視点から適切な就業規則の作成が可能です。

起業後フェーズにおいては、テンプレートの活用が取り組みやすく、経営が軌道に乗ってから専門家に依頼するのがおすすめです。ただし、テンプレートを利用する場合、他社の就業規則の社名だけを変えて、そのまま自社に適用すると、場合によっては企業と労働者どちらかに有利・不利が出てしまうリスクがあります。。内容を精査せずにテンプレートを使うのではなく、自社にあった規則となるよう、ポイントを抑えて正しくテンプレートを活用しましょう。

厚労省 モデル就業規則を活用しよう

テンプレートを利用して就業規則を作成する時は、厚生労働省が配布している「モデル就業規則」を活用するのがおすすめです。

各項目の目的を理解し、モデル例文中の穴を埋めていけば、自社にマッチする就業規則を作成できます。相対的必要記載事項など、初期の段階では自社で採用しない項目については削除して構いません。

例えば、モデル就業規則では、労働時間と休憩時間について下記のように記載されています。下線部分に自社の労働時間や休憩時間を挿入すれば、就業規則が完成します。ただし、法律で労働時間に対して最低限付与すべき休憩時間が決められているため、違反しないように作成する必要があります。

これだけは押さえたいモデル就業規則の項目別ポイント

ここからは、厚生労働省のモデル就業規則のうち、作成時に特に配慮が必要な12項目をご紹介します。

【1章 総則】2条 適用範囲

適用範囲では、就業規則の対象となる労働者が、正規雇用者なのかパートタイム・アルバイト労働者なのかなど社員区分を指定します。

同じ事業場で働く正社員とパートタイム労働者が一緒に働いている場合、責任や業務内容に応じて、異なる規定や別の就業規則を定めることが可能です。ただし、法律によって同一労働同一賃金が定められているため、正規と非正規社員間に非合理的な待遇差を設けることは禁止されています。

【3章 12条】職場のパワーハラスメントの禁止

職場におけるハラスメントが問題視されるなか、通称「パワハラ防止法」が成立しました。2020年6月から施行、中小企業は2022年4月まで猶予となっています。この法律によって、企業としてパワーハラスメントを禁止する旨と、違反者に対する懲戒について、就業規則の遵守事項で規定することが義務付けられました。

その他、セクシャルハラスメントや妊娠・出産・育児休業に関するハラスメントなども予防措置を講じることが企業側に義務付けられているため、その他ハラスメントについてもあわせて記載しておくのがおすすめです。

【4章 19条・20条】労働時間、休憩時間及び休日

自社の事業によって、労働時間や休憩時間・休日に関する制度を選択することが可能です。モデル就業規則には、いくつかサンプル条文が記載されています。

  • 完全週休2日制
  • 1ヶ月単位の変形労働時間制(隔週週休2日制を採用する場合)
  • 1年単位の変形労働時間制

例えば完全週休2日制を採用する場合、安定した休みが取れるため、幅広い人材の確保が期待できます。一方、時期によって労働時間を分散できないことから、繁忙期と閑散期が明確に分かれている業種・職種には向かない制度といえます。

1ヶ月単位の変形労働時間制(隔週週休2日制を採用する場合)については、業務の都合に応じて所定労働時間を変えられますが、1ヶ月以内の一定期間を、平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えないようにする必要があります。月内で、繁忙期が決まっている業種・職種に向いています。

1年単位の変形労働時間制については、特定の日・週に関して1日8時間・1週間40時間以上働かせることができますが、1年以内の一定期間を平均して、1週間当たりの労働時間が40時間を超えないようにする必要があります。1年を通して業務の繁閑が明確な業種・職種に向いています。

【5章 22条・23条】年次有給休暇・年次有給休暇の時間単位での付与

企業で設けている休暇については、義務化されている年5日の有給休暇の消化を含め、就業規則に必ず記載する必要があります。

トラブル防止のために、何日前までにどの窓口宛に申請するのかなど、休暇を取得する方法やルールについても明記しておきましょう。半日単位や時間単位で休暇を取得させることもできますが、管理や業務上支障が出る懸念もあるため、起業初期は1日単位での取得に留めるのがおすすめです。

【6章 賃金 31条・32条】賃金の構成、基本給

賃金に関して、まず「基本給+各種手当+各種割増賃」など、労働者が受け取る賃金の種類と構成を明示します。続いて、それぞれに関して給与形態(日給制・月給制・年俸制・出来高払制)や、計算方法などを順に記載します。

基本給は業務内容・年齢・経歴・スキル・勤務成績・職能・役職など考慮すべき要素から、形態については業態や業務内容から、各労働者について個別に金額を決められるようにしておくとよいでしょう。

(基本給)
第32条 基本給は、本人の職務内容、技能、勤務成績、年齢等を考慮して各人別に決定する。

また、労働基準法により、労働に対する賃金は、直接的な形式で全額を日本円で、さらに月に1回以上の頻度で期日を設定して支払うこと(労働基準法5原則)が義務付けられています。よって、いつどのように支払うのかについて記載が必要です。

【6章 賃金 33条〜37条】手当

モデル就業規則では、例として下記のような手当の条文を例示しています。

  • 第33条 家族手当
  • 第34条 通勤手当
  • 第35条 役付手当
  • 第36条 技能・資格手当
  • 第37条 精勤手当

企業によっては、住宅手当・職務手当・単身赴任手当・営業手当・地域手当・皆勤手当などさまざまな手当てが存在します。手当てを設定している場合は、支給条件や計算方法を明記しましょう。

手当については雇用計画・組織計画から5年後に付与したい水準を設け、将来的にその水準まで引き上げるとして、初期は無理のない条件を設定するのがおすすめです。

【6章38条】割増賃金

法定労働時間を超えて労働させる場合、企業側は割増賃金を支払わなければなりません。そして、割増賃金の種類と計算方法を就業規則に明記する必要があります。

法定労働時間(1日8時間)または所定労働時間(企業が定める労働時間)のどちらを超えた分が「時間外労働」に該当するかは、企業で自由に設定できます。ただし、法定労働時間を超える労働や休日・深夜労働については法律によって割増率が決められているため、最低限法律の基準に沿って割増賃金を支払わなければなりません。

ここで注意したいのは、月60時間を超える時間外労働に対する法定割増賃金率が、労働基準法改正によって引き上げられているという点です。中小企業には経営に対する負担を考慮され猶予期間が設けられていましたが、その猶予措置も2023年3月で終了します。

【6章48条】賞与

賞与制度の導入は任意ですが、相対的必要記載事項に当たるため、支給する場合は支給対象者や査定対象期間、賞与の算定基準、支払い方法について明記する必要があります。

同時に、賞与を支給しない条件や支給日在籍要件について定めておくことで、業績悪化や中途採用者の雇用、労働者の退職時のトラブルを防ぎやすくなります。ただし、産休・育休の取得を理由に賞与を支払わないことは、雇用機会均等法や育児・介護休業法によって禁止されているため注意が必要です。

【7章 定年、退職及び解雇】50条 退職

民法では、労働者からの退職の申告から2週間が経過すれば、退職が成立すると規定されています。しかし、仕事の引き継ぎや代替人員の確保、貸与物品の返還のために、「退職希望日の30日前までに退職届を提出すること」などと定めておくことも有効です。

なお、先にお伝えした通り、就業規則より法律が優先されるため、就業規則で独自にルールを設けても、労働者は退職の申告から2週間で退職することが可能である点には留意しましょう。

【10章 安全衛生及び災害補償】59条 ストレスチェック

継続して雇用している労働者が50人以上いる事業場には、年1回以上のストレスチェックを行うことが義務付けられています。

法令上、ストレスチェックの実施を就業規則に記載する義務はありません。しかしながら、ストレスチェックで高ストレス者と判定された労働者に、業務内容や労働時間の変更を指示する可能性がある場合は、就業規則に規定しておくことでトラブルを防止できます。

ただし、ストレスチェックの結果は、本人の同意がない限り、企業側が把握することは禁止されています。また、労働者の人事権を持つ人はストレスチェックの実施や実施の補助ができません。そのため、一般的には外部機関、または産業医に実施を依頼して行われます。もし自社で行う場合は、厚生労働省「ストレスチェック制度導入ガイド」にチェック表のサンプルがあり、これを活用するとスムーズです。

メンタルヘルス不調の防止は、企業にとっての経済的損失を防ぎ、企業としての信頼・優秀な人材確保のために重要であるため、労働者の数を問わず実施が推奨されています。

【12章 表彰及び制裁】65条・66条 懲戒の種類、懲戒の事由

懲戒の種類は、公序良俗に反しない範囲内で事業場ごとに決められます。企業はこの懲戒規定がないと、労働者が問題を起こしても、懲戒処分を下せません。懲戒規定がないにもかかわらず懲戒処分を行うと違法行為とみなされます。

懲戒規定を設ける時は、懲戒の種類と懲戒事由、処分の内容を明確にしておく必要があります。ただし、懲戒の事由や内容は自由に設定できるわけではありません。減給できる金額の上限を超えたり、客観的に合理的な理由ではなかったりすると、「懲戒処分が違法・無効」とされる可能性もあります。

また、労働基準法によって、損害が発生した際の損害賠償額を予定するような契約は禁止されています。トラブルの際に「××円の損害賠償を求める」「給与から天引きする」といった規定は違法となります。

【14章 副業・兼業】

近年国を挙げて副業・兼業を推奨しているため、企業としても副業・兼業に対する規定を明示することが求められています。

企業が就業規則で副業禁止や懲戒規定を設けること自体は、違法ではありません。そのため、従来は副業・兼業を禁止する企業が多数でした。現在、働き方改革によって副業・兼業は「原則、労働者の自由」であることが示されたため、副業を認める企業が増えています。

過去の判例をみても、副業禁止の企業で、労働者が副業を行い、就業規則に抵触した場合、「職場秩序に影響しない」「本業の業務に支障が出ない」範囲であれば、懲戒処分を認めない傾向があるようです。

労働者の副業・兼業を容認することは、「労働者がより多くの知識・スキルを獲得できる」「事業機会の拡大につながる」「幅広い人材が確保できる」など企業にもメリットが多数あります。しかし、「総労働時間の把握が難しい」「秘密保持義務・競業避止義務の確保が難しい」といった懸念もあります。メリット・デメリットを考慮したうえで、副業・兼業における規定を明記することが望ましいでしょう。

これはNG 就業規則の作成・変更時にトラブルになりやすいケース

ここでは、就業規則に関して法律違反となるケースについて紹介します。

就業規則の周知義務違反

企業は、労働者に作成した就業規則を周知しなければなりません。就業規則を労働者に周知しなかった場合、就業規則等の周知義務違反として「30万円以下の罰金」が科されることがあります。また、周知されていない就業規則は、労働契約の条件として認められないため注意が必要です。

就業規則の作成・変更時の意見聴取義務違反

就業規則の作成時は、労働者の代表に聴取を行い、意見書を作成し、就業規則とペアにして労働基準監督署に提出することをお伝えしました。厳密には、過半数組織労働組合または、過半数代表者の意見を聴くことが義務付けられています。これは、就業規則の内容を変更する時も同様です。

就業規則の作成・変更時に、意見聴取を行わなかった場合、就業規則作成・変更の意見聴取義務違反として、「30万円以下の罰金」が科されます。

就業規則の不利益変更

企業は必要に応じて就業規則を変更できますが、現状よりも労働者が不利益を被る内容に変更する「不利益変更」は、トラブルになりやすいといえます。

従来の就業規則を下回る内容に、就業規則を変更する場合は、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者から合意を得なければなりません。企業が一方的に労働条件を変更することは認められていないため、原則として合意を得る必要があります。

例外として、合理的な変更理由があり、変更後にしっかりと労働者に周知した場合には、労働者の合意を得ずに就業規則の不利益変更を実施できます。

就業規則の不利益変更に関しては、違反したとしても企業に対する罰則はありません。しかし、不利益を受けた労働者から訴訟を起こされるリスクはあります。

就業規則作成後は届け出の手続きを

就業規則を作成した後は、労働基準監督署に届け出る必要があります。ここからは、就業規則届出の手続きについて、具体的にみていきましょう。

届け出の方法

就業規則の届け出は、「労働基準監督署の窓口に直接提出する方法」「労働基準監督署に郵便で送付する方法」「e-Gov電子申請」の3種類があります。書類が揃っており、明らかな法令違反がなければ、基本的には受理されます。受理された書類には受理印が押印されて返却されるため、郵送する場合は返信用封筒を同封しておきましょう。

常時10人以上雇用している事業場であれば、事業場ごとに作成・届出する義務があります。同じ市内でも、住所が異なる事業場が複数ある場合は、それぞれ手続きをしなければなりません。事業所が多く、別々に届け出るのが大変だという場合には、一括届出制度も利用できます。

必要書類

窓口・郵送による手続きの場合、下記の書類が提出用と自社での保管用にそれぞれ2部ずつ必要です。

  • 就業規則届・就業規則変更届
  • 事業場ごとの意見書
  • 事業場ごとの就業規則
  • (一括届出制度を利用する場合)一括届出の対象事業場一覧表

就業規則(変更)届は、法的な書類ではありませんが、慣例的に添付されています。厚生労働省または地方労働局のWebページからダウンロードすることが可能です。

届け出窓口

届け出窓口は、事業場がある住所を管轄する労働基準監督署です。一括届出制度を利用する場合は、本社を管轄する労働基準監督署に届け出を行うことで、労働基準監督署側が各事業場を管轄する労働基準監督署に、意見書と就業規則を共有してくれます。

期限

就業規則を届け出る期限は、明確には設けられていませんが、法律では遅滞なく届け出るように規定されています。作成後は、速やかに提出しましょう。

届け出をしていなければ、届出義務違反として「30万円以下の罰金」が科されたり、労働基準監督署より是正勧告を受けたりするリスクがあるため要注意です。

運用(周知)の方法

就業規則の届け出は、あくまでも就業規則の作成・変更に伴う手続きです。届け出たからといって労働者に周知していなければ就業規則として効力を持ちません。反対に、届け出ていなくても、労働者に周知をしていれば、就業規則として機能していることになります。

周知の方法は、法律上、下記のうちいずれかを選択できます。労働者が確認したい時に見れる状態にするのがポイントです。

  • 事業場の見やすい場所に掲示する、または備え付ける
  • 書面を労働者へ交付する
  • デジタルデータとして労働者がいつでも確認できるようにする

ただし、実際に労働者に就業規則を浸透させるためには、説明会や面談を実施する必要があるでしょう。

理想の会社へ導く就業規則の設計方法と取り組むポイントとは?

就業規則の作成や届出について把握できたところで、就業規則の設計についても確認しておきましょう。

step1.5年後の会社の理想像に沿った就業規則を設計してみる

就業規則は、企業の土台となり、労働者の業務の方針を定める重要な役割を担っています。会社を長く健全に運営できるよう、5年後の会社の理想像に沿った就業規則の設計を目指しましょう。

まずは、人員計画・利益計画・組織図などの事業計画から、必要な人員のポジション・人数を割り出し、給与体系や手当、休暇など労働条件を設定します。続いて、組織規模や業務形態から副業規定を決めましょう。

step2.現在の状況を考慮して、5年後から割り引いた実現可能な条件を決める

起業後すぐは、理想とする制度を全て実施することは難しいものです。将来的には付与したいものの現状では採用が難しい条件を割り引いて、ミニマムな形で作成しておきましょう。

就業規則に記載したルールは、実態と合致していなければなりません。就業規則が形骸化している場合は、就業規則に記載されているルールは無効となり、実際に運用されているルールが就業規則よりも優先されます。就業規則自体、簡単には変えられるものではないため、現実的に必要な改変だけで済むようにしておくほうがよいでしょう。

step3.就業規則にビジョンや理念を込める

自社のビジョンや社長の伝えたい思いが反映されることで、初めて事業や業務にマッチした就業規則を作成できます。法律で定められた内容と、会社のルールだけを無機質に記載しただけでは、就業規則と実態が乖離する原因となってしまいます。

理想とする会社のあり方を達成するために、会社が労働者に対してどのような働き方を望んでいるのかを伝える内容にすることで、会社のビジョンの実現に向けた推進力を生む就業規則を作成できるでしょう。

step4.理想の会社像を実現するために日々の事業運営を行う

就業規則を作成したら、理想の会社像を実現できるよう「給与や手当をプラスするために何が必要か」「休暇を取りやすくするために業務フローを改善できないか」など日々ルールを検討しながら事業運営を行いましょう。

企業は労働者がいないと、事業を営めません。労働者が企業に愛着を持って働けば、生産性や人材定着率のアップが期待できます。労働者確保につながるルール作りに取り組むことが重要だといえるでしょう。

要注意!就業規則の作成・運用でよくある失敗

最後は、過去に合った就業規則を作成・運用時の失敗を紹介します。自社で取り組む際の参考にしてください。

企業として社員区分の定義をしていない

企業で働く社員区分と、それぞれの定義を明確にしていないと、就業規則のルールが、企業が想定していた範囲以外の労働者に対しても適用されるリスクがあります。

一般的な企業では、従業員区分として正社員・契約社員・パートタイマー・アルバイトなどが設定されています。しかし、この社員区分は法的な分類ではないため、企業が定義付けなければ、就業規則の適用範囲も曖昧になってしまいます。就業規則では、適用範囲と「従業員の定義」などと条文を設けるようにしましょう。

「常時10人以上の労働者」の意味を勘違いしている

「常時10人以上の労働者」の意味を勘違いして、就業規則作成の義務があるにもかかわらず、作成していない企業も存在するのが現実です。

先にお伝えした通り、「常時10人以上の労働者」には、雇用形態を問わず企業が雇用している労働者が含まれます。正社員が10人以下、パートタイム労働者が多いからといって、就業規則を作成しなくてよいわけではありません。

また、「常時10人以上」は、出勤しているという意味ではなく、雇用している人数をカウントします。つまり、普段5人しか出勤していない職場であっても、雇用している労働者が10人以上いれば就業規則作成の義務が発生するのです。

他社のテンプレートを流用し、社名だけ変えて使っている

他社の就業規則を流用し、社名だけ書き換えて使った場合、必要以上の賃金を支払ったり、労働者からの信用を失ったりと不利益が生じるリスクがあります。

企業によっては、割増賃金の割増率を法律で定められた最低基準よりも高く設定しているケースも普通です。その他、独自の各種手当が採用されていることもあります。実際に自社で採用されていない制度が記載されていたり、実際の割増賃金の計算方法と異なったりすれば、労使トラブルの原因となるため、就業規則は自社に適したものをよく精査して作成するようにしましょう。

最初に作った就業規則を長期間使い続けている

就業規則は作成して終わりではなく、企業の実態や法令の改正に合わせて変更を加えなければなりません。長期間変更しない場合、法律違反のまま運用してしまうリスクがあります。できるだけ、年1回程度、専門家のチェックを受けるようにしましょう。

専門家に相談するなら、労働法に詳しい社労士・弁護士がおすすめです。税務関連で委託している税理士にそのまま就業規則作成を依頼している企業もあるようですが、税理士は税法や税務のスペシャリストであり、労働法や労務に精通しているわけではありません。その他、司法書士や行政書士、労務以外を専門とする弁護士も同様です。専門家も士業であれば誰でもよいわけではない点に留意が必要です。

就業規則・賃金規程に記載がないのに固定残業代制度を導入している

就業規則に金額・時間が明確に記載されていない場合や、記載されていることを労働者に周知していない場合、固定残業代は無効になります。固定残業代制度とは、いわゆる「みなし残業」制度です。

裁判などで固定残業代が無効だと認められれば、これまで支払ってきた固定残業代は残業代ではなく基本給とみなされ、残業代は全くの未払いだと判断される可能性があります。これまでの「基本給+固定残業代」が基本給としてみなされる、つまり、企業が設定した基本給よりも金額が上がるのです。

残業代は基本給から計算されるため、基本給の金額が上がれば、企業が支払わなければならない残業代の金額も上がります。結果的に、企業は余分な賃金を支払う必要が出てくるのです。

固定残業代制度に関しては、違法に運用している企業が多く、法令遵守・コンプライアンス遵守が最重要といえます。

管理監督者としてふさわしい取り扱いをしていない

管理監督者の扱いが、違法であるケースもあります。管理監督者とは、労働時間・休憩・休日に関する規定以上に活動せざるを得ない重要な責任と権限、職務内容を有している管理職のことを指します。管理監督者はその性質上、時間外労働・休日労働の残業代支払いの対象となりません。

そのため、管理職の肩書だけを与え、名ばかりの管理監督者にすることで、残業代の支払いを減らそうとする企業が存在します。しかし、管理監督者には、その職務内容や責任を考慮して、優遇された待遇と賃金が求められます。また、管理監督者であっても、深夜割増手当は支給しなければなりません。

なお、管理監督者は役職名ではなく実態で判断されるものなので、職務内容や責任が管理監督者に該当しない管理職に対しては、他の労働者と同様に残業代を支給する必要があります。

近年特に問題視され、一般労働者にも認知されているため、起業後の企業としては企業の評判を落とさないよう管理監督者の扱いに注意したいところです。

まとめ

雇用形態や勤務時間など働き方や労働者の多様化が進む現代においては、労使間のトラブルの原因も多岐にわたります。

会社設立時に、義務的な手続きとして捉えられがちな就労規則ですが、適切に運用できれば、企業と労働者の関係を良好に保ち、ストレスやトラブルを減らせます。

また、「5年後の就業規則」を考えておくことで、現在とのギャップを埋めるアクションプランが明確になります。結果的に、会社としてありたい姿の早期実現が可能になることでしょう。

自社の方針や目指すあり方を反映した規則を作り、それに基づいて労働者とコミュニケーションを図ることを意識しましょう。