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自由な働き方「ABW」が目指すもの|導入メリットや手順を具体的に解説

政府の主導する働き方改革や、新型コロナウイルス感染症の拡大とそれに伴うテレワークの普及により、数年という短期間でワークスタイルに対する認識が大きく変わりました。

働き方の転換期ともいえる今の時代に、知られるようになってきたのがABWです。時間と場所を選ぶことができる多様な働き方を、社員のウェルビーイングだけでなく新しい組織運営のあり方につなげていこうとする考え方です。

今回のコラムではABWについて紹介し、そのメリットや実際に導入する方法について解説します。ABW導入を検討する際に役に立つ情報となれば幸いです。

1.ABWとは?従来の働き方、フリーアドレスとの違いは?
1-1.ABWを普及させたVeldhoen+Company社
2.ABW導入が企業や社員にもたらす5つのメリット
2-1.メリット1:社員の生産性向上
2-2.メリット2:社員のワークライフバランス向上
2-3.メリット3:社員の満足度・モチベーションUP
2-4.メリット4:オフィス運用コスト削減
2-5.メリット5:採用イメージ向上・優秀人材の確保
3.ABWが向いている企業・向いていない企業
3-1.ABWが向いている企業の特徴
3-2.ABWが向いていない企業の特徴
4.ABW導入で気を付けたい6つのこと
4-1.気を付けたいこと1:「元通り」にならないようにする
4-2.気を付けたいこと2:労務管理
4-3.気を付けたいこと3:コミュニケーション設計・健康管理
4-4.気を付けたいこと4:人事評価
4-5.気を付けたいこと5:セキュリティ管理
4-6.気を付けたいこと6:オフィスのキャパシティ調整
5.ABWを導入するまで:具体的な流れ、関わる人、やるべきこと
5-1.ステップ1:MVV・戦略の確認
5-2.ステップ2:コンセプト・目的を決める
5-3-1.ステップ3-1:オフィス設計
5-3-2.ステップ3‐2:人事・労務制度の設計
5-4.ステップ4:結果・コスト試算、必要なものの洗い出し
5-5.ステップ5:テスト運用
5-6.ステップ6:全社運用
5-7.ステップ7:不要オフィス・家具・什器の処分
5-8.ステップ8:オフィス設備・ABW制度の調整
6.まとめ

ABWとは?従来の働き方、フリーアドレスとの違いは?

ABW(Activity Based Working:アクティビティ・ベースド・ワーキング)は、仕事環境を起点に働き方を見直すことで、組織に変革をもたらすワークプレイス戦略です。

ABWは、場所と時間が固定された従来の働き方の非効率な部分を排除し、個人の裁量で業務に最適な場所と時間を選べるワークスタイルをとります。

ABWを普及させたVeldhoen+Company社では、『ABWは仕事を「いなくてはならない場所」から「やる気にさせるもの」に変えること』とし、生産性と従業員満足度の向上をはかり、ワークライフバランスを実現することが目的としています。

下図に示したように、従来型の勤務形態は勤務時間と就業場所が決まっています。それに対し、時間または場所のみを自由に選ぶことができる、フレックスタイムやリモートワークなどが働き方のバリエーションとして普及してきました。

ABWはワーカーの自律的な行動を信頼し、どのように働くかについての裁量を広げて、時間や場所を自ら選択することができるのが特徴です。

ABWの考え方のもとに設計されたオフィスは、その見た目からフリーアドレスと同様なものと思われがちです。しかし、フリーアドレスは固定された座席を持たないという点はABWと同じですが、オフィスで決まった時間に働くことが前提であり、自由な勤務時間やリモートワークも選択肢に入るABWとは異なります。

自由な時間 固定された時間
自由な場所 ABW ・リモートワーク
・フリーアドレス
固定された場所 ・フレックスタイム
・時短勤務
・週休3日制 など
従来型のオフィス

ABWを普及させたVeldhoen+Company社

ABWという考え方の普及は、オランダのVeldhoen氏による著書「The Demise of the Office」がさきがけといわれています。その後、自身の設立した会社、Veldhoen+Company社でオランダの保険会社Interpolis社にABWを導入したことを皮切りに、ABW導入を支援するコンサルティング会社として世界企業に成長しています。

Veldhoen+Company社はワークプレイス戦略の要素として次の3つをあげています。

・建物環境

・デジタルプラットフォーム

・行動的な働き方

いずれも重要なものとして位置付けられていますが、「建物環境」によって社員の帰属意識に意味を持つ時代ではなくなってきています。社員の自主性を重んじるABWは、「行動的な働き方」を体現する働き方と考えることができます。

ABW導入が企業や社員にもたらす5つのメリット

ABWは新しい時代に対応した働き方ということができます。生産性向上やコスト削減など企業側にメリットをもたらすとともに、社員にもワークライフバランスの実現や満足度の向上などプラスの効果を期待できます。

以下で、ABW導入によるメリットを紹介します。

メリット1:社員の生産性向上

ABWは社員の自主性と組織との信頼関係をより重視します。ABW導入がもたらす以下の要素から、社員の生産性向上が期待できます。

・決められたオフィススペースという作業環境の制約がない。

・有機的なコミュニケーションが生まれる機会が多い。

・衛生要因※に配慮して働く場所を選ぶことができる。

・主体性を重視する企業文化が形成されることで、個人・チーム・組織が潜在的な能力を発揮できる。

※衛生要因:労働条件・作業環境などの仕事のモチベーションにかかわる要素

メリット2:社員のワークライフバランス向上

場所と時間の制約がなくなることで、育児や介護など個人の事情に配慮した柔軟な働き方を実現できます。働き方に対する多様な選択肢は、社員のワークライフバランス向上とウェルビーイングに結びつきます。

メリット3:社員の満足度・モチベーションUP

ABWは社員の自主性を尊重した、より自由な働き方です。責任と権限にもとづく信頼関係が醸成されることで、組織と仕事に対する満足感や充実度が向上し、社員のモチベーションアップが期待できます。

メリット4:オフィス運用コスト削減

ABWは、決まった時間、決まった場所で働く従来の勤務形態のように、一つのオフィスに全社員が同時に出社することを前提としていません。社員全員分の物理的なオフィススペースと設備や什器が不要となり、ファシリティコスト削減につながります。

実際に、ヴェルデホーエン社のクライアントは20〜25%以上の不動産コストの削減を達成しているといわれています。

メリット5:採用イメージ向上・優秀人材の確保

働きやすい職場環境が従業員満足度の向上につながり、先進的な働き方を実現しているという企業イメージは採用ブランディングに大きな役割を果たします。優秀な人材の獲得に結びつくだけでなく、離職率低下にも貢献します。

自由で開放的な空間を持つABW導入企業のオフィスは、従来の職場のイメージとは全く異なるものであり、エントリーする学生・求職者にとって魅力的なものに映るでしょう。

ABWが向いている企業・向いていない企業

ABWは、働き方の変化により組織のあり方を改革していくことを目指すものであることから、導入には準備と定着までの長い期間が必要です。

また、ABWを受け入れられる組織文化があるかどうか、職種や業態によってはABWがなじまない組織があることも念頭におきながら導入を検討する必要があります。

ABWが向いている企業の特徴

営業や企画系の職種、プログラマやマーケティングなど時間と場所に制約のない職種がABWを導入しやすいといわれています。バックオフィス系の職種もオフィスに在席するほうが効率がよいといわれてきましたが、リモートで業務を行うケースも増えてきています。

また、ABWでは対面によらないコミュニケーションや、リモートで必要な情報にアクセスすることが求められます。ITツールの活用なしには業務が成り立たない場面も多く、ITインフラの整備はABW導入の必要条件です。

時間と場所という裁量を与えるABWは、社員の自主性に委ねるワークスタイルであり、組織内での円滑なコミュニケーションと信頼関係が基盤となるものです。社員の主体性を尊重する組織風土があることも、ABWを効果的に運用するために必要な要素です。

ABWが向いていない企業の特徴

研究職や製造などの設備が必要となる職種、店舗など場所とひもづく業務にはABWを導入することは難しいでしょう。

また、Web会議やチャットなどのコミュニケーションツールになじんでいない企業や、ITインフラの活用に積極的でない企業はABW導入のハードルは高いといえます。

組織風土・文化という点では、特に管理職の意識改革が必要とされます。自律的な社員の行動を受け入れるマインドが重視されると同時に、従来の業務フローや決済の仕組みなど管理体制の見直しが図れるかどうかもABW導入のポイントとなります。

ABW導入で気を付けたい6つのこと

ABWは、社員の裁量が増加し、選択肢が広がることにつながります。その一方で、管理者にとっては従来のやり方では上手くいかないことが生まれるため、新しい考え方や方法を取り入れることが必要です。

組織変革と同じく、ABWもトップの強力なリーダーシップのもとに行われなければ難しいでしょう。新しいやり方には従来のやり方への「戻り圧力」がつきまとうことになります。

ABW導入で気をつけなければならない点を6つ紹介します。

気を付けたいこと1:「元通り」にならないようにする

ABWに限らず、新しい制度・システムの導入には一定の混乱や摩擦がついて回ります。慣れや既得権から従前の方法に固執し、新しい試みが形骸化するケースは挙げればキリがないでしょう。

ABWのような組織全体に関わる取り組みに最も必要なのは、経営者やマネージャーの強いリーダーシップです。トップが社員の自主性を信頼する姿勢が求められます。

気を付けたいこと2:労務管理

働く場所と時間を社員の裁量に委ねるためには、従来とは異なる労務管理が必要です。個々の労働時間や業務の進捗管理はITツールを積極的に活用するなど、新しい方法を取り入れるとともに、ルールや業務フローの整備が重要です。

気を付けたいこと3:コミュニケーション設計・健康管理

テレワークをはじめとした「顔の見えない」ワークスタイルが、従来と最も異なるのはコミュニケーションの方法です。いわゆる「報連相」を社員の自主性に任せるだけでなく、ルールや仕組みとして設計しておくべきでしょう。

具体的には、以下のオンライン・オフライン制度を検討することになります。

①1on1ミーティング

業務・プライベートを含めた課題について話し合うクローズドな場。

期間を定めて定期的に実施。

②定例会

チーム、プロジェクト、部課などの業務単位で進捗や課題を確認する会。

こちらも定期的に実施。

③交流会・勉強会

社員の自主性に基づく交流会や勉強会など。

④コラボレーションツール

TeamsやSlackなどのチャット・ワークスペースを活用した情報交換・共有ツール。

また、「顔が見えない」ことで社員の健康管理も懸念されます。上記に加え、社員の健康情報を統合した勤怠管理システムも検討するとよいでしょう。

気を付けたいこと4:人事評価

一般的に、権限委譲を進め社員の主体性を重視すると、必然的に結果重視の評価方法を取らざるを得ません。管理者から社員の行動が見えにくくなるため、必要に応じてフォローできる仕組みが必要です。

コラボレーションツールの積極的な活用、定期的な進捗報告など、密なコミュニケーションを保つことでプロセスにも着目できるよう工夫したいところです。

気を付けたいこと5:セキュリティ管理

デバイスを社外で使用する機会が増えるため、セキュリティ管理体制の整備が求められます。PC画面の覗き見、公共Wi-Fiからの不正アクセスなど、情報漏洩のリスクについては十分に配慮しなければなりません。

情報システム部門やCTOを中心に機密情報保護における課題・対策を共有する必要があります。扱う情報を基準とした業務の切り分け、社外利用するデバイスの設定や使用方法などについて、ソフト・ハード両面からしっかりとルール作りを行います。

気を付けたいこと6:オフィスのキャパシティ調整

ABW導入では、既存オフィスのワークポイントや会議室の占有率などのデータをもとに新しいオフィスを設計します。

基本的にABWは従来のオフィススペースを削減する方向で設計しますが、新しいオフィスで業務を開始したあとに、物理的なスペースの過不足が生じる可能性は否めません。

オフィス設計を行う際には、可動性のある什器を用いるなど、後からスペース配分を変更できる柔軟性をもたせた設計とします。

ABWを導入するまで:具体的な流れ、関わる人、やるべきこと

ABWを効果的に導入・運用するためには、経営トップのリーダーシップに加えて、組織の階層や各部門にわたる共通認識と合意形成が必要となります。最も重要なのは、オフィスのニーズや働き方の課題について、経営側と社員側のズレをなくすことです。

以下でABW導入の流れと具体的な対応事項を関係者別に解説します。

ステップ1:MVV・戦略の確認

関わる人:経営層、総務責任者・プロジェクト責任者

自社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)と戦略に対し、ABWの整合性と貢献の度合いを検討します。

ステップ2:コンセプト・目的を決める

関わる人:経営層、総務責任者・プロジェクト責任者、総務部、各事業部長

ABWを導入することで何を目指すのか、どんな課題が解決できるか、導入する目的を明確にします。

ABW導入の目的に関わる働き方、オフィスのコンセプトは次の観点から検討します。

①目的

MVVに照らした「理想的な働き方」の言語化。「生産性向上」や「離職率低減」などに関する定量化した目標を設定する。

②具体的なレイアウトコンセプト

業務の種類に応じて「集中」や「専門性」に重点を置いたスペースや、「コラボレーション」「コミュニケーション」のためのスペースなど、自社の業務に必要なスペースのコンセプトとレイアウトを決める。

③機能やデザインなどの方向性

各スペースに必要とされる具体的な機能やそれにふさわしいデザインの方向性を決める。

特に②、③を検討する場合には、実際にそのスペースを活用する社員の目線を取り入れることがポイントです。

ステップ3-1:オフィス設計

関わる人:総務部、各事業部

ABWはナレッジワーカーの業務を10種類に分類した上で、それぞれに最適な作業環境を作っていくアプローチをとります。

10種類の業務には以下のような特徴があります。

作業の種類 特徴 必要なもの・場所
集中作業 中断が入らない高レベルの集中が必要な個人作業 個室ブース、パーテーション付きデスク
通常業務・コワーク メンバーへの質問、確認など短い会話を交えながら行う個人作業 開放性のあるデスク空間
電話・Web会議 オンラインでの会話・会議 隔離スペース、フォンブース、半個室
二人作業 モニターや書類を確認し合いながら2人で行う作業 コラボレーション用デスク、ホワイトボード
対話 2~3人の少人数で行う、議論、相談、会話 プライバシー性の高い個室
創造的なアイディア出し 3人以上でのアイディア出しや検討 コラボレーション用デスク、ホワイトボード、会議室
情報整理 進捗確認など3人以上で行う計画的な会議 人数に応じた会議室、オンラインスペース
知識共有 プレゼンテーションなど情報・知識を共有する場 人数に応じた会議室、オンラインスペース、
リチャージ・リラックス 仕事を離れリラックスとリチャージするためのスペース カフェスペース、リラックス用のチェア
専門作業 特定の業務に紐づく設備を必要とする専門的作業 専門の設備に応じたスペース

出典:Veldhoen+Company社「日本のワークプレイス改革とABW」

出典:イトーキ「ABWコンサルティングサービス」

ステップ3‐2:人事・労務制度の設計

関わる人:総務部、人事部

社員に勤務場所・時間の裁量を与えることにあわせ、労務管理の見直しを行います。主に、テレワークにおける勤怠管理・就業規則の確認と変更が必要になります。社員の自主性の範囲を広げる点では人事評価を見直すことも検討要素に入ってきます。

ステップ4:結果・コスト試算、必要なものの洗い出し

関わる人:総務責任者・プロジェクト責任者、情報システム担当者、人事部門、各事業部門

ABW導入により、ヒト・モノ・カネ・情報のリソースがどのように変更されるか、また、新たに必要となるものは何かを検討します。

出社人数の削減目標、縮小できる支社数・フロア数、削減できる社員の総労働時間などトータルコストの削減目標、生産性や従業員満足度にどういった影響が見込まれるかなどの成果目標の試算・予測を行います。

デバイスの利用ルールなどセキュリティ面の見直し、労務管理ソフトを新たに導入する場合のベンダー・コスト・スケジュール、オフィス家具・什器の処分と新規購入など、ABW導入による具体的な変更点を詰めていく段階です。

オフィスのトータルデザインはABW導入後のイメージを明確にするものであり、体制変更のインパクトを示すという点でも詳細に検討することが望まれます。新たに導入するオフィス家具・什器は使い勝手を考慮し、現場の意見を反映したものを選択します。

ステップ5:テスト運用

関わる人:導入部門

ABWの小規模な形でのテスト運用を行い、結果と課題を把握します。期間を定めて現場からのフィードバックを集め、関係部門での調整を行いながら全社運用に向けた準備を整えます。

ステップ6:全社運用

関わる人:全社員

ABWを全社的に導入し、その結果をもとに随時改善を計っていきます。ABWの導入プロジェクトに関するレポートラインを設定し、PDCAを回すことができる体制を整えておくことが重要です。

新しいルールや制度が形骸化する可能性を踏まえ、その場合の打ち手を用意しておくことや、場合によっては部分的に従前のやり方に戻すことも選択肢として検討します。

ステップ7:不要オフィス・家具・什器の処分

関わる人:総務部門、経理部門

ABWが安定的に運用できるようになったところで、不要なオフィス家具・什器の処分、オフィスの縮小を実施します。

ABW導入による成果とトータルコストが明らかになる段階であり、コスト部分については担当部門による厳密なチェックが求められます。

ステップ8:オフィス設備・ABW制度の調整

関わる人:総務部門、全社員

ABWによる新たな体制と制度について、継続的に改善や見直しを図っていきます。「パルスサーベイ」を取り入れるなど、社員からのフィードバックを集め検討する機会を定期的に設けることが効果的です。

また、オフィス家具・什器の入れ替えは100%発生すると考え、レンタルサービスの利用も検討するとよいでしょう。

まとめ

ABWは大手企業を中心に既に多くの導入事例があり、当初の想定以上の効果、あるいは、想定外のプラス効果につながったという例が数多く見られています。

ABWは単なるリモート対応やファシリティコスト削減にとどまらず、社員の創造性や柔軟性を高め、自律的な組織に変わっていくためのワークプレイス戦略として大きなインパクトをもたらすものです。

ABWを成功に導くためにはトップからの意識改革が求められます。柔軟で軽やかな働き方への変化は時代に即した新しい組織のあり方を示すものになるでしょう。